レガシーコード生産ガイド

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近況

Den

仕事に使いつつ改良していってるんだけど、狭い画面だと開発環境がちょっと使いにくい。

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なんとなくなんだけど、一番のストレス源は画面のスクロールとマウスによるポイントな気がする。

スクロールによってストレスを受けるものと受けないものを考えると、基本的に一方にしかスクロールしないことが鍵かもしれない。

というわけで新開発環境をいろいろ試していきたい。

8月の最初に元野良の子猫が家に来たんだけど、一日中ケージの隅に縮こまり、ケージに少しでも近づくと唸って威嚇する有り様だった。夜泣きも酷く、助けを求めるような悲痛な声で朝方まで叫び続けるので寝られない。餌にも全然口をつけず、もちろん遊んだりもしない。

そんな状況が5日ほど続き、寝不足で困っていた。本やネットで慣れさせる方法を探しても、「猫ちゃんが自分から来てくれるのを待ちましょう。うちは1年かかりました笑」みたいなのばっかりで、冗談じゃないよというカンジ。

で、真逆のアプローチを取ることにした。ストレスやその発生源には適応可能なものとそうでないものがあって、前者は人間を始めとした生物を強くし、後者は弱くすると考えている(アンチフラジャイルにかぶれているとも言う)。例えば筋トレの筋肉へのダメージや創作活動の生みの苦しみが前者。激しすぎる筋トレによる怪我、電車での通勤、過労、上記のスクロールによるものなどが後者。

猫に近づくと猫は恐怖してストレスを受けるわけだけど、脱毛したりなどの適応不可能というサインが無いならば適応してもらうことにした。

まずケージに近づくと威嚇して縮こまる反応。これは休日を一日利用した。ケージの前に座って、かなりの至近距離でずっと過ごした。威嚇しなくなったら、フワフワした毛のおもちゃで体を撫で続ける。これにも慣れてきたら、手を入れて猫の体にくっつけてじっとする。そして最後は撫で回してみる。これで、一日の最後には、お腹を撫でているとゴロゴロ言い出し、手を枕にして寝るようになった。

他にも、立って近づくとすぐ逃げたり、ケージからちょっとでも出すと逃げまわって威嚇したりしてたんだけど、適応可能そうか観察しつつ適度にストレスを与えると、ちゃんと適応してくれた。始めて3日ぐらいで毛づくろいしてきたり、ケージの外でも人間にくっついてると安心してお腹を出して寝るようになった。夜泣きも無くなった。

あとは、遊んでる最中でも、部屋に用意したテリトリーか人間のそばから離れようとしないのがちょっと心配なんだけど、別に困ってはないので様子見している。

↓足音を立てて近づいても、お腹を出しっぱなしで寝ている f:id:phaendal:20170827014955j:plain

↓ずっとパシャパシャやってると起きた f:id:phaendal:20170827015326j:plain

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過去の記事を消した・コメント欄を閉じた

いろいろ向き合い方を変えた。

過去の記事を消した

考え方が結構変わりやすく、また昔の記事を読み返して「幼稚だな」と恥ずかしくなることが多々ある。

かなり自分の意見を書きたい欲があるんだけど、残ることを考えると迂闊なことを書けないな、と躊躇ばかりするようになった。

というわけで、記事の内容に関係なく、新しい記事を書いたら同じ数だけ消していくことにした。

いろいろ悩んでて全然成果が出せなかったときに、過去の記事を読み返して自分の成果を確認し、やる気を出そうとしてたこともった。しかしもう、そういったことは起きない、ずっと進み続けられるだろうと確信したので消す。まあそれか消した事を後悔するか、どっちかですね、どっちか。

コメント欄を閉じた

併せてtwitterやブックマークなどの反応も一切見ないことにした。もう殆ど見てなかったんだけど。はてなスターだけは「良い」という評価だけなので糧にします。

そうやって批評に耳を貸さないと自分の間違いを認められず人間的に成長できないのでは、という考えは間違いだと思うようになった。成長には関係ないしデメリットしかない。

まず間違いかどうかが客観的にわかるタイプの事について。例えばプログラミングの知識などだけど、これは間違ったまま覚えてるといずれバグなどに出会って修正されるだろうし、出会わなければ修正する必要もない。面と向かって指摘されると自分は素直に受け入れられるタイプなので問題無いと判断した。間違った記事を書いてしまっても、どんどん消していくので問題は無い。鵜呑みにした人が悪い。

次に客観的に間違いかどうか判断できないタイプの事について。政治信条とか。

これはツイッターを見てると、批判されると狂っていく、としか思えないようになった。自分の意見を肯定する発言を探して同調し、反対意見には耳を貸さず、どんどん先鋭化していく人しか見かけない。確証バイアスや後知恵バイアスの存在を考えると、誰でもそうなるのが普通で、素直に主観的な自説を疑ったり主観的な反論を受け入れる人はどこかちょっとおかしいのかもしれない。(客観的に検証できるものは別)

もちろん自分も例外では無いはず。誰かが見てると意識すると、一貫性を保とうとして間違いを認められず、自分が正しいという証拠や考えを探しそう。

それから、自分を肯定する「意見」も、それはそれで害になりそう。よっぽど親しくない限り、程度の多少はあっても、期待に応えることを自分の意見より優先してしまう、と自己評価している。スターがちょうどいいですね。

というわけで、できるだけ精神の柔軟性を保ちたいので、反応などは一切見ずに好き勝手書いていきます。